"ぴんぽ〜ン"
「…誰だ?まったく宿題をやっているというのに…」
"ガチャ"
「やあ、チアキちゃん」
「あれ?ふじおか…さん?」
「あはは、南は、いる?」
「カナは…まだだ…ですけど?」
「あれ?そうなの?いやあ、実は今日またご馳走してくれるって話だったんだけど…」
「あの馬…じゃなくてカナのことだから忘れて寄り道してるに決まってるな」
「そうか。じゃあ出直して…」 
「あの?もしよかったら、カナが帰ってくるまで待ちませんか?」
「え?でも…」
「今宿題をしていて、できたら教えて欲しいところがあるんだが…」
「…そう?じゃ、遠慮無く…」
藤岡は、気付いていなかった。目の前の少女の頬がうっすらと赤く染まっていることに…。
「だからね、ここはこういう風にすると…」
「なるほど…藤岡さんは頭良いんですね。カナの言っていたとおりだ」
「あはははは、そんなこともないんだけどね。小学生の問題だし」
(まああの馬鹿野郎に比べれば大抵の人間は…)
そう思いながらも当然口には出さないチアキ。
ただ藤岡がなかなか丁寧で教え上手なのは確かなようである。
「よし、宿題終わった。ありがとうございました、藤岡さん」
ぺこり、とチアキが頭を下げる。
「あははは、いいんだよ。俺も久しぶりに小学生の問題やって懐かしかったし…」
あくまで爽やかに、優しく微笑みながら答える藤岡。
その笑顔に、チアキは胸がざわつくような…甘酸っぱいような思いになるのだった。
「しかし南はまだみたいだね…ハルカさんも今日は遅いみたいだし…。
どうしようか?やっぱり俺、今日は帰った方が…」
「!だ、大丈夫。ハルカ姉様もすぐに帰ってくるはずだし、
馬…カナもそろそろ帰ってくるはずだ。あの…私、お茶をいれてくる!」
そう言うと、脱兎のごとき勢いで部屋をあとにするチアキ。
「あれ…チアキちゃん?そんな気を使わなくても…」
制しようとする藤岡だが、あっという間にチアキがキッチンへと消えてしまい、
仕方なくチアキの部屋で彼女の帰りを待つのであった。
(そう言えば…チアキちゃんの部屋ってクリスマス以来2度目だな…)
あの時は部屋も暗かったので、ほとんど見えなかったが…女の子らしい部屋だった。
藤岡とて女の子の部屋をそうたくさん見てきたわけでもないので、
誰と比較して、とも言えないのだが――学習机の周りはキチンと片づけられていたし、
本棚も丁寧に収納されていた。また、そこかしこに女の子らしい
可愛らしい小物がちりばめられているのも微笑ましかった。
(大人っぽくて、ちょっと生意気っぽいところもあるけど…やっぱりまだ小学生の女の子なんだよな…)
藤岡は、そう思いながら微笑んだ。ふとベッドへと目をやると――。
そこには、プレゼントの『ふじおか』ことぬいぐるみがちょこん、と座っていた。
(チアキちゃん、大切にしてくれてるみたいだね…)
思わず嬉しくなってしまう藤岡であった。
「お待たせしました…」
チアキが、お盆にお茶菓子とお茶を乗せて戻ってきた。
「ああ、悪いね、チアキちゃん…」
「どうぞ、藤岡さん」
その後、ふたりは学校でのこと、友人のことなど世間話をしばらく続けた。
「あははは…そうなんだ。おかしいね、内田さんって子は…」
藤岡は聞き上手で、穏やかにチアキの話に耳を傾けていた。年下だからといって子供扱いせず、
あくまで友人のように話を聞き、時には親身な指摘をしてくれた。
そんな藤岡のことを、チアキはずっと好ましく思いながら話をしていた。
(やっぱり大人だな…それに…ハルカ姉様が言っていたけど…。
お父さんに似てるんだよな、藤岡さんって。…こういう感じなんだ…お父さん)
普段は強がっていてもまだ小学生である。
両親のいない寂しさは、こんなときに思い起こされるのであった。
「藤岡さん…あの…」
少し話がとぎれると…チアキが下を向いてもじもじとし始めた。
「?どうしたの?チアキちゃん?」
様子の変わったチアキを、不思議そうに藤岡が見つめる。
「あの………」
顔を少し赤くしながら、チアキは立ち上がると…そのまま藤岡の膝の上にちょこん、と座った。
「あ?え?」
驚く藤岡。
「お願いだから…少しだけでいいから…」
チアキはうつむいたまま藤岡の腕をぎゅっと握りしめて離そうとしない。
(?確か前にもこんなことが…あ、そう言えば南の家ってご両親が今…。
そうか…寂しいんだね、チアキちゃん…)
あくまで好青年、藤岡である。少女の気持ちを察し、そのままにすることにした。
「ああ…別にこれくらいならいいけど…でも南かハルカさんが帰ってきたら…」
「はい…そのときは…」
ふたりの間に、微妙な空気が流れていた。
前回、藤岡が初めてみなみけを訪れたときは…ハルカもいたし、カナもいた。
だが、ふたりっきりの状態でこんな風に密着するのはなにかしら秘め事のようで…。
秘密を共有するような後ろめたさと恥ずかしさをふたりは感じていた。
「…」
「…」
無言のままのふたりだったが…やがて、チアキが口を開いた。
「あの…ふじおか…さん」
「なに?チアキちゃん…」
「藤岡さんは…カナのことが、好きなのか?」
「!」
少女のド直球発言に驚く藤岡だったが…。
「ん…そうだね、少なくとも…俺は、南のことが…好きだ」
何故かは分らないが自分でも驚くほど素直に、藤岡はその問いに答えていた。
「…藤岡さんて、モテますよね?」
「!?そ、そんなことないよ」
「いえ。なんとなくわかります……カナにはもったいないくらい…。
なのに…あいつのどこがいいんですか?」
ずっとチアキが疑問に思ってきたことだった。普段ケンカばかりしているから、という理由だけでなく…。
こんな好青年の藤岡が、カナに魅かれているということがイマイチ納得できないのだった。
「あはは、ダメだよ、チアキちゃん。お姉さんのことをそんな風に言っちゃ…。
でも…そうだね、南ってさ、天真爛漫で、裏表が無くて…。すごくね、一緒にいて楽しいんだ。
そんなところかな?俺が南のことが好きなのは」
ニコニコと、照れることもなく藤岡は話した。
(藤岡さんは…本当に、カナのことが好きなんだ…)
そう思って――なぜかちくり、と胸が痛くなるチアキ。
「だから…チアキちゃんやハルカさんにもなるべく仲良くしてもらいたいなと思ってる。
南の家族なんだから、きっと素敵な人たちなんだろうなと思ってたけど…本当に、いい人だったし」
「…藤岡さんは、ハルカ姉様や私のことも、好きですか?」
「うん…そうだね、好きだよ」
「あの…なら…」
再びうつむいたが…意を決してキッ、と顔を上げて後ろを振り返ると、チアキは言った。
「目を…閉じてください」
「?…目を?」
「お願いします…」
「う、ウン…」
疑問に思いつつも…素直にチアキの言葉に従う藤岡。
そしてチアキは…。
"ちゅ"
ゆっくりと、藤岡の唇に自分の唇を重ねた。
「!>!%?!」
驚く藤岡だが、チアキは頬を染めながら、唇を離そうとはしなかった。
「…」
「い、ちち¥#$チアキちゃん?」
やっと唇を離し、慌てふためく藤岡だが、チアキはじっと彼の目をそらさずに見つめていた。
「ち、チアキちゃん?どうして…」
「…ふじおかさん…」
「?」
「私…もう少しすれば、きっとハルカ姉様みたいにキレイになって胸も大きくなると思います。
カナよりも…家事もできて、勉強もできる女の子になると思います。そのときは…」
こくん、と小さくつばをハルカは飲み込むと…一気に言った。
「私の、恋人になってください。今は…まだカナのことを好きでもいいから」
「チアキちゃん…」
目を白黒させる藤岡。と、そこへ…。
「帰ったぞ!ん?チアキ!チアキはいないのか!」
何も知らないカナ、ご帰宅。
「!&%A!!」
(マズイ…この状況は…マズイ)
瞬間血の気の引く藤岡だったが、チアキはすとん、と藤岡の膝から降りると、
「うるさいぞ!馬鹿野郎!」
なぜかにこやかに、そして元気良くカナの声のする方へと向かっていった。
「ん?チアキ、どうしたのだ、いきなり馬鹿野郎とは…」
「藤岡さんを招待しておいて忘れるような奴は馬鹿野郎だと言っているのだ!」
「あ…そういえば藤岡は…」
「私の部屋で宿題を教えてもらっていた。どこぞのアホと違って藤岡さんは優秀だったぞ、まったく…」
「藤岡!またお前はハルカとチアキに取り入ろうとして…」
「や、やあ南…」
ひきつった笑いを浮かべる藤岡だったが…。
手をぶんぶん、と振り回すカナの後ろで、チアキの笑顔を見ていたのだった。
やけに悪戯っぽく、策略めいた笑顔を…………。


END
 

 

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