年の瀬も迫った金曜日、クリスマスも近いのからと高校生組はハルカの家でプチパーティを行う予定になっていた(ちなみに保坂とナツキは来ない)
「それじゃ、やっぱりマキは来れないんだ」
「うん、熱が38℃も出たんだって」
南家の玄関を開け、中に入るハルカとアツコ。
話題の渦中にいるマキはというと昨日の夜に風呂に入ったまま寝てしまい、大風邪をひいたとのことだ。
「あ」
「速水先輩もう来てるね」
玄関には速水先輩の靴が。
何はともあれ、来れなかったマキの分も楽しもうと決心する二人だった。
「お帰りー、おじゃましてるよ」
先に着いていた速水先輩は自分の家にいるようかに軽く挨拶をする。
いかにも待ち侘びていたような雰囲気は全くださず、いつも通りの自然体だ。
「お待たせしちゃって」
「出先で会ったんで一緒に買い物してたんです」
同じようにハルカとアツコも挨拶を返すが、そこでハルカが異変に気付く。
チアキと―遊びに来たのであろう―吉野がぐでっと寝ているのである、それも衣服が乱れた状態で。
「あら、チアキったらこんなところで」
この季節、風邪でもひくと大変だというのに、世話焼きさん…もとい姉としてほおっては置けない。
もっとも、この二人がこんなところで寝ている原因は速水先輩その人なのだが。
「なんだか今日は学校で球技大会があったらしくて疲れてるみたいだったよ」
速水先輩の口からはすらすらと嘘が出てくる、この人は本当に悪い人だ。
「そうだったんですか、チアキったら言っておいてくれればいいのに」
小さく呟く、そのような行事があるときは必ずといっていいほどチアキは教えてくれたのに今回に限って、という疑問を持ちつつ。
「そうそうハルカ、コレ」
手にジュースの入ったビニール袋を掲げる。
「あら、ありがとうございます」
受け止ろうとするハルカだったが、速水先輩はそれを制して言う。
「あー、いいよいいよ。 ハルカは着替えてきなさい」
帰ってすぐに買い物にでたのだろう、確かにハルカは制服のままだった。
「そうですか?じゃあキッチンは自由に使って下さい」
「おっけー、アツコお手伝いよろしくー」
「あ、はい先輩」
二人はキッチンへパーティの準備をするために入って行く。


「こりゃ凄いね」
あくまで今日はプチパーティという名目だったので適当に(そして間違った方向で)楽しむつもりだった速水先輩は驚いた。
キッチンには―ハルカが早起きをして作ったのであろう―すでに下ごしらえを終えた料理が整然とならんでいた。
スープは温めればすぐにでも飲めそうだし、サラダはボールの中で盛り付けを待つだけ、等大にカットされ水に浸けられたポテトはフライかマッシュにでもされるのだろう。
保坂がいたらどんな反応をするだろう、
速水先輩はそんな事を考え、いつものように表情を変えずに笑ってみる。
そうしていると、あることをふと思い出した。
「そういえば、さっきアツコ達は何を買ってきたんだい?」
質問を投げてみる、割と時間がかかっていたようなので速水先輩はハルカ達が何を買ってきたのたのか興味があった。
「はい、七面鳥とキャンドルを買ってました」
なるほど確かに料理の準備はされているものの、メインデイッシュになりそうな物はあの中にはない。
蝋燭はおそらく雰囲気作りに使うのだろう。
買い物の内容からも今日のこの日に対するハルカの意気込みが伺えた。
「ハルカったら今日は本気だねー」
「そうですね、今日は楽しみましょう」
そんなたわいない話をしながら二人は笑いあった。
「しっかし、使っていいって言われても」
「これじゃあ勝手がわかりませんね」
すでに手を尽くされたような空間で二人がそんな感じに立ち往生していると、
着替えを終えたハルカがピンクのエプロンをしてキッチンへと入ってくる。
「おまたせしました」
「おー、きたきた」
「ハルカ、私達は何をすればいいかな?」
アツコが問う、二人はエプロンも付けていないからあくまで形骸的なものだが。
「そうね、あとはお肉を焼くだけだから………お客様だしリビングでくつろいでてください」


*
他人様の家に居ながら、やることがないというのは意外と退屈なものである。
テーブルに向かいあったアツコと速水先輩はいつものように談笑しつつも、そんなことを感じていた。
「やっぱりマキがいないとパンチが弱いね」
「彼女の事は本当に残念でした」
少しズレた発言、はたしてマキは浮かばれるのだろうか。
「むー、それなら景気付けに一杯いきますか」
がさごそと取り出したるは件のビニール袋、ご丁寧にコップだけはすでに頂戴していた。
「え、あの……ハルカは?」
当然の疑問、だがそれも杞憂。
まぁ、ある意味すでに後戻りできないところまで来ているのだけれど。
「心配しなくても大丈夫、メインは特別なのがあるから」
そういうことではないが、もはやこの人にそんなことは関係ない。
ようは『楽しければいい』のだ。
「これから飲むのは飲みかけのこっち」
そう言って手に取ったのは先ほどチアキ達に飲ませた方の飲み物、まだ一杯分ほど中身が残っている。
「や、でもやっぱりハルカを待った方が………」
「うーん、まどろっこしいなぁ」
「えいっ」
「!!?」
無理矢理アツコの口に瓶を突っ込む。
頂戴したコップはもはや無用の長物だ。
「んー」
「あはは、顔が真っ赤」
赤い理由は急に呼吸が止められたからなのだが、この人はお構い無し。
アツコはアツコで苦しいながらも瓶の中身を無抵抗に飲み干した。
「かっ」
ふらり、と重力に逆らわずに体が倒れる。
「うわっ」
速水先輩は慌てて背中に手を回し、アツコの体を支える。
「あららー、寝ちゃったか」
すぅ、と綺麗な寝息をたてる。朱く染まった頬も相俟って艶っぽさを醸しだしていた。
そういえば、いつかの大晦日もこの娘はすぐに寝ちゃったかなー。
なんてことを考えながら速水先輩はアツコをチアキ達の隣に寝かせる。

「むぅ、それにしてもどうしようかね」
動けないアツコにイタズラするのも面白そうではあるが何となく気が向かなかった。
それなら
「おとなしくハルカの料理でも待つことにしようか」
というか、起きている人もいないので他にすることもないのだが。
*
*
「それにしても、アツコまでどうしちゃったんです?」
2人だけの食卓、本来ならもっと大人数でわいわいやってるはずだったのだが、偶然と速水先輩のお遊びが重なり
結局はハルカと速水先輩の2人に落ち着いてしまった。
「部活でしごいたわけでもないんだけどなぁ」
今は性的な意味でしごこうとしていたのだが。

アツコについては疲れたので横になると言っていた、とだけ説明しておいた。

「そういえば、先輩も何か持ってきて下さっていたようですけど。 アレ、なんです?」
唐突に投げ掛けられた質問だったが、こちらからどうやって切りだそうかと思案していた速水先輩にとってはまさに渡りに船だった。
「とっておきの飲み物、外国の高いやつだよ」
いつもの笑みと合わせて答え、件の物を袋から取り出してハルカに渡す。
「まぁ、ありがとうございます」
「スピリタス?何のジュースです?」
この代物、外国産というのは間違っていないが、本来なら高校生の手に余る物である。
「私もよくは知らないけど、カルピスみたいに薄めて飲んだ方がいいらしいよ」
ちなみに、この人はもちろんどんなものか知っている。
「へぇ、そんなに高いものなら、皆が起きるまで開けない方がいいですね」
「え?」
二人だけなので乾杯も何も皆が起きるまで先送りにしているといっても
これは飲んで欲しいと速水先輩は思っていた。
むしろ飲まなければハルカは始まらない、このままだと何もしない内に終わってしまうのだ。
ゆくゆくにアツコが起きるだろうが、それまではハルカと楽しむためにも飲んでもらわなければ話にならない。

「飲んでくれないの?」
悲しそうな演技をしてみる。
「え、でも……」
「とりあえず一杯だけさぁ」「んー、先輩がそこまで言うなら飲みますけど」
快く、とはいわないが承諾。
速水先輩もアツコのように無理矢理飲ませるのもハルカにはできるだけ避けたかったようで。
「そうこなくっちゃっね」
嬉しそうに煽った。
栓を開け、グラスに注ぐ。
もちろん水で薄めたが、どうにも薄まった感じもしないのがコレの怖い所。
ハルカはそれを、一思いに飲み干す。

 

 

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